この日は塩山の峠へ。早めに着き高校時代部活の地獄の合宿所を訪問。寺に寝泊まりし近くの小学校の体育館を借りて練習の毎年真夏の地獄の日々。1000本突き1000本蹴りなどが思い起されます。容量の少ないハードディスクを古回転させますがスペックが悪く更に30年以上前のデータことで曖昧です。なんとか辿りつくことができ、寺の周りを見渡すと微かに記憶が甦ります。住職は息子さんが継いでおり、少しお話ができました。
その後は塩山駅にてこの日のツーリングの仲間達と合流。懐かしい方々もいらっしゃり嬉しい限りです。今回は標高400〜2300へ上がる30キロのコース。数十年前に一人マウンテンバイクで超えて秩父まで走ったことはありますがこちらも記憶が曖昧です。信玄の隠しペダリングでなんとか挑みたいところです。はじめはゆっくりと皆さんでご一緒。途中から中間点のダムまではずっと3人になりました。往年の名レーサーのお二人と走れて素敵な時間をいただきました。ダムからお二人は後方待ちをするとのことでここからはソロで峠を目指します。標高2000メートルを超えると景色は随分とダイナミックになりますね。最後の3キロはハンガーノック気味でしたが、レースではないので人口的は補給食はなるべく避けたいとのことでそのまま淡々といきます。峠に着くと気圧の変化によりパンパンと張り裂けんばかりに膨らんだ袋のボロボロなどら焼きをほおばりウエアを着込み下山。椅子を下げたので落差が狭まり下ハンが楽になり下ハン野郎ジョン&パンチとなりました。ところが慣れないことをしたので帰宅後に段々と首が痛くなり身体の慣れない部位が悲鳴をあげました。信玄の隠し下ハンはあえなく信長によって滅ぼされました。これを長篠設楽原(設楽ヶ原)の戦い(ながしの 下ハン の たたかい)と呼ばれています。
恵林寺近でほうとうをいただき家族に果物を買い込み渋滞に合いながら帰宅。おじさんの週末が過ぎていきました。

時代錯誤なため参照してください

http://ja.wikipedia.org/wiki/白バイ野郎ジョン%26パンチ

http://ja.wikipedia.org/wiki/長篠の戦い